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第174回(10‐08月)
済生会新潟第二病院 眼科勉強会
「今昔白内障治療物語」
投稿日: 2010年08月10日 |
最終更新日: 2010年08月10日
投稿者: みきの |
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済生会新潟第二病院眼科で、1996年(平成8年)6月から毎月行なっている勉強会の案内です。
参加出来ない方は、近況報告の代わりにお読み下さい。興味があって参加可能な方は、遠慮なくご参加下さい。どなたでも大歓迎です(参加無料、事前登録なし、保険証不要)。
ただし、お茶等のサービスはありません。悪しからず。
案内:第174回(10‐08月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会
演題:「今昔白内障治療物語」
講師:藤井 青 (新潟県眼科医会会長、前新潟市民病院眼科部長)
日時:平成22年8月11日(水)16:30~18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
【講演抄録】
「白内障の手術をすると、眼鏡なしで遠くも近くもよく見えるようになる」「白内障手術は短時間で出来る簡単な手術」などという、誤った風評が眼科医療現場に様々な問題を起しています。
白内障手術は本当にそんなに簡単で全く危険のない手術なのでしょうか? 風評に惑わされ、誤った判断に陥る危険を回避するためには、白内障手術に対する先人達の大変な努力と苦労の跡を辿り、現在の高度な手術に至る道程を振り返ってみることも有意義ではないかと思います。昔のことは確実な文献が少なく、伝承や物語に近いところがあります。そのため、タイトルを「今昔白内障治療物語」とさせて頂きました。
白内障に対する外科的治療は、これを手術といってよいかは甚だ疑問ですが、紀元前800年頃(約3000年前)から行われていたと言われます。尤も当時は、白内障を混濁した液が瞳孔の奥にたまったものと考えられていたようで、この濁った液が流れ出る道を針で作り、眼球の中の硝子体に流して瞳孔を透明にするという方法です。白内障が水晶体の混濁と判明したのは、ようやく1685年になってからのことです。フランスの眼科医・アントアーヌ・メートルー・ジャンが手術中、圧下させた物体(液でなく)が硝子体中でなく瞳孔から前房へ移動したことがきっかけです。いずれにしても、濁りを眼外でなく、眼球内に墜下する方法で、大変不確実で、危険なものでした。
濁りを確実にとるという意味では、1864年に開発された「水晶体全摘出術」が白内障手術一つの完成といえましょう。しかし、様々な術中、術後合併症が起こり、大変だったようです。そのため、実際には、その後の約100年間は「水晶体全摘出術」でなく、「水晶体嚢外摘出術(白内障線状摘出術)」が行われました。この手術の術中合併症を少なくするには、眼球壁(角膜縁)に短時間で十分に大きな、早期に前房の消失しない綺麗な手術創をつくることが必要でしたが、このための素晴らしいナイフが考案されたからです。このナイフのデザインはコモ湖で眼科医仲間と寛いでいたグレーフェが突然思いついたもので、グレーフェ刀と命名されました。
1922年に行われた、クロード・モネの白内障手術に係るフランスの眼科医ジェームス・G・ラヴィンの調査資料に、執刀した眼科医コーテアの記録があります。手術は成功したのですが、縫合は全くしないか、行ったとしても一糸だけで、術後10日間の絶対安静が要求されました。実際の術後安静の状態については、モネの義理の息子の記述があります。「1~2時間おきに外用薬を点眼する時以外は完全な闇の状態。枕は使用禁止。頭が動かないように両脇に砂袋が置かれた。ベッドで水平に寝かされ、手は体の脇に伸ばして身動きできない状態を保たねばならなかった。付き添いは患者が動かないように常に見守り、精神に異常を来たさないように話しかける必要があった」ということです。術後の屈折異常(強い遠視)を矯正する眼鏡も慣れるのが困難で、モネはいろいろ不満を述べています。そんなに昔ではない20世紀に入ってからの話です。
水晶体全摘出術から「計画的嚢外摘出術(改善された嚢外摘出術)」へと、術式が変更され、現在は「超音波乳化吸引術」+「眼内レンズ」」主流です。これらの進歩は、手術器具に加え「手術機械」や「手術用顕微鏡」の開発に負うところが大きいのです。
眼内レンズの開発は本当に画期的です。このレンズの発想は1766年に遡りますが、実際に使用できるようになったのは、20世紀も後半になってからのことです。1949年英国のRidleyは、水晶体に類似した形状でレンズでは重くて安定性がなかったため、光学部と支持部に分ける形状にして軽量化をはかりました。1952年、前房レンズ(隅角部固定)が開発されましたが、水泡性角膜症を多く発生し、眼内レンズは行ってはいけない手術とまで評価を下げてしまいました。1967年、虹彩支持レンズ(Binkhorst)の開発で、水泡性角膜症が減少し眼内レンズは有用と再評価されました。
こうした変遷があり現在は、後房レンズが用いられています。手術手技の進歩と手術機械の進歩、眼内レンズの進歩、術後乱視の軽減・対策、術後屈折予測値の正確な測定などの進歩、などが相呼応して、白内障手術は目覚ましい進歩発展を遂げました。
では、「白内障手術+眼内レンズ挿入術」は本当に完成した手術で、少しでも見難くなったら、早く手術を受けた方が良いのでしょうか?実はこの答えはなかなか簡単ではありません。個々の患者さんによって異なる様々な要件を考慮し、総合的に検討する必要があります。
講演後の質疑で、建前でなく幾らかでもお役にたてるお返事が出来れば幸いと思っています。
【略歴】
昭和40年 新潟大学医学部卒業。
昭和41年 東京大学医学部付属病院にて医療実地修練
昭和45年 新潟大学大学院医学専攻科(眼科学)終了。 医学博士号。
昭和48年 新潟市民病院眼科科長(現眼科部長)
新潟大学講師(医学部非常勤、現在にいたる)
平成8年 新潟市民病院地域医療部長(眼科部長兼任)
平成12年 新潟市民病院診療部長(眼科部長兼任)
平成16年4月 新潟医療技術専門学校 教授(視能訓練士科 学科長)
平成19年3月 新潟医療技術専門学校退職
(現在) 新潟県眼科医会会長
にいつ眼科名誉院長, ふじい眼科名誉院長
********************************
『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
1996年(平成8年)6月から、毎月欠かさずに続けています。
誰でも参加出来ます。話題は眼科のことに限らず、何でもありです。参加者は毎回約2
0から30名く
らいです。
患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加
しています。
眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持っ
た勉強会です。
ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換があります。
日時:毎月第2水曜日16:30~18:00(原則として)
場所:済生会新潟第二病院眼科外来
*勉強会のこれまでの報告は、新潟市西蒲区巻の視覚に障がいのある人と、ボランティ
アで構成してい
る音声パソコン教室のホームページ「すずらん」で閲覧出来ます。
ホームページ「すずらん」
http://www11.ocn.ne.jp/~suzuran/saisei.html
【次回以降の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
平成22年9月8日(水) 16:30 ~ 18:00
「テレビや新聞などの報道とは違う側面の介護現場」
内山 博貴 (特別養護老人ホーム介護職員、新潟県村上市)
平成22年10月13日(水) 16:30 ~ 18:00
「自分の視覚に制限のある方々の、(犬の)視覚で情報収集する歩き方」
多和田 悟
(財団法人日本盲導犬協会事業本部
訓練・盲導犬訓練士学校統括ゼネラルマネージャー;神奈川県)
平成22年11月17日(水) 16:30 ~ 18:00
演題未定
栗原 隆 (新潟大学人文学部教授)
平成22年12月8日(水) 16:30 ~ 18:00
演題未定
木原 暁子 (マイクロソフト社;東京) 予定
平成23年1月12日(水)16:30 ~ 18:00
演者未定
平成23年2月9日(水)16:30 ~ 18:00
演題未定
園 順一 (京都府)
平成23年3月9日(水)16:30 ~ 18:00
演題未定
櫻井 浩治(精神科医)
【情報提供】済生会新潟第二病院(別ウィンドウが開きます) 眼科 安藤 伸朗 氏
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